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第24-2話 道が無い

Author: 百舌巌
last update Last Updated: 2025-03-19 11:42:33

『はい、前の車は直ぐに停車しなさいっ!』

 パトカーの拡声器を使って警官が呼び掛けている。しかし、木下には止まる気などさらさら無い。アクセルを踏む右足に力を入れるだけだ。時折、狸がビックリした顔で二台の車が疾走する様子を見ていた。

 この村から脱出するには、一旦北側に下って、バイパスを抜けなければならない。その後、山沿いに迂回して県境を目指せば良い。泥棒の下見に来たときに、逃走経路として目星を付けて置いたのだ。

「あ? 何だ?」

 見ると白い霧が掛かっている。向こうの景色が見えない程だ。まるで白い布団が山に掛けてある感じでかかっていた。

「しめたっ!」

 木下は自分の運良さにほくそ笑んだ。警察車両は安全運転が義務づけられている。視界不良の中では速度を落として運転しないといけないのだ。警察がモタモタしている内に引き離すことが出来ると喜んだのだ。

「ついてやがるぜ」

 木下は迷わず霧の中に車を突っ込ませた。

「クソォ、あの車は止まる気配が無いですね」

 ハンドルを握る若い警官は舌打ちしながらアクセルを踏んだ。何とか前に出て停車させようとしているのだが、相手も此方の意図を知っているのか、針路を妨害されて前に出て行けないようにされているのだ。

「まあ、犯罪者が素直に言うこと聞いてくれたら、俺たちの仕事は楽だわな」

 助手席に座る、ベテランの警官はそんな事を言いながら、自嘲気味に笑っていた。

『はい、前の車は直ぐに停車しなさいっ!』

 それでも仕事をしないわけにはいかない。無駄とは思いながらも、停車を促す呼び掛けを行っていた。

「なあ、あの車は本当に盗難車なのか?」

 ベテランの警官は木下の運転する車を指差しながら言った。

「ええ、一昨日に東京から来た学者さんの車ですよ。あんな人相の悪いおっさんじゃ無いです」

 役場の山形に紹介されたのを覚えていた。これがアメリカとかだったら、車で体当たりして強制的に止めるのだが、生憎と日本でそんな真似をしたら大騒ぎになってしまう。余程の事件でなければ出来ない技だ。それに車を傷付けると持ち主に損害賠償請求されてしまう。それも厄介だった。

「運転手が不審者って事は十中八九。 泥棒一味の一人だろうな」

 ベテランの警官は『賊は三人組で一人が逃走中』の知らせを聞いていたのだ。

「ええ、慌てて逃げてるのが証拠みたいなもんです」

 若い警官はハンドル
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    村から続く山道。 家ほどもある大きな岩が転がって来た。雅史は車を止めようとしたが、後ろからは土砂が迫って来るのがサイドミラーに映っている。転がって来る岩は大きく跳ね上がったかと思うと雅史の運転する車を飛び越えて行った。「あんな小っちゃい石にそんな力があったのかっ!」 村長が割れた石を手に持って嘆いている様子を思い浮かべていた。子供のこぶしぐらいの石だったはずだ。「物理的な大きさが問題じゃないの、自然と言うのはその力をどこへ向かわせているのかが重要なの。 その方向を制御してたのが小石に宿った神様で、居なくなってしまった余波が、村で起こっていた怪異現象だったのよ」 姫星は、力の向く先を制御する術を失った流れが、暴走したのかもしれないと思い付いたのだ。「石と言うのは只の象徴なの、それを全員が信じて念じる。 その行為に意味が発生するの。 発生した御霊の流れに意味を持たせて、漠然とした流れに方向性を与える。 その流れを作物育成の力に載せてしまう。 それが『神御神輿』の祭りの意味なのよ」 自然エネルギーという考え方なのだろう。風水の考え方だと龍脈と呼ばれている。「だから、公民館にあった仏像を、元の場所に戻す必要があったんだ」 雅史がハンドルを握ったまま怒鳴り返した。車の左手から見える、対岸にあった民家が土砂に呑み込まれていった。「それをコソ泥が奪ってしまって事故で一緒に燃えてしまった。 だから、均衡が保てなくなってしまった。 不均衡な力の働きは山体崩壊を招いてしまったのよ」 道路に入った地割れから土ぼこりが巻き上がっている。その土ぼこりに車は付き抜けた。いきなりだったので避ける暇がなかったのだ。「山を滅茶苦茶にする程のエネルギーを放出しているのか?」 雅史はハンドルを握ったまま姫星に尋ねた。(ええっ? 山が横に滑っている!?) 姫星が見ている内に山が形を崩して行く、地面が圧力に耐え切れずに横滑りを起こしているのだ。「くそっ! 道が曲がりくねっている!!」 車の中で左右に身体が激しく振られている。だが、速度

  • かみさまのリセットアイテム   第33-2話 辿り着いた答え

    「にゃあっ!」 急な発進で姫星が悲鳴を上げた。どうやらシートの頭部クッションに頭をぶつけてしまったらしい。「まさにぃ…… どうしたの?」 姫星が不思議そうな顔で聞いてきた。頭をぶつけて目が覚めたらしい。「山が崩れ始めているっ!」「グズグズしてると巻き込まれてしまうそうまなんだよ!」 姫星は慌てて山を見て驚いた、どこを見ても黒い土煙りに覆われているのだ。一方、後部座席の美良はニコニコしていた。 雅史は北のバイパスに向かうのは諦めていた。村人が殺到して渋滞するのが目に見えていたからだ。渋滞しているところに土砂崩れに襲い掛かられたら終わってしまう。 そこで、雅史たちを載せた車は、霧湧トンネルを目指すことにしていたのだ。舗装していない道路を砂ぼこりを上げながら疾走させていた。すると走っている右手の森が動いているのが見えた。「まずいっ こっちでも崩れ始めたっ!」 一本の木が道の前に横たわっていた。しかし、バックミラーに後ろから土砂崩れが襲い掛かってくるのが見えている。 雅史はやむなく直進を続けた。道路の端と森の際に、無理やり車体を押し込んで、抜けようと考えていたのだ。すると、倒れた木の根元に大きな石が乗り上げて木を跳ね上げた。 シーソーのようだった。塞いでいた木が跳ね上がった隙に、雅史たちの乗った車は通り抜ける事が出来た。(シーソー……… 均衡…… っ!!!) 姫星はハタと気がつく。跳ね上がった木は車が通り過ぎると轟音を立てながら再び道を塞ぐように倒れてきた。「そう言う事なのっ! やっと、今になって意味が分かったっ!」 小型車並みの大きさの岩が目の前に転がり出てきた。雅史はハンドルを操りながら左によけ、今度は木にぶつかりそうになったので左によける。「何が分かったんだ?」 落ち来る石や枝を避けようと、雅史の運転する車は右に左にと揺られている。姫星の身体もそれに合わせて一緒に揺られていた。

  • かみさまのリセットアイテム   第33-1話 山体崩壊の始まり

    日村の自宅 いつの間にか夜明けの時刻になっていた。宝来雅史は日村の自宅に居る。婚約者の月野美良も、日村の自宅に居る事が分かって、ひと安心したい所だ。だが、日村の自宅が崩れる危険が差し迫っていた。 雅史は家の奥座敷に居る美良を迎えに来ていた。何の事はない、ずっと同じ村にいたのだ。 部屋に入った時。美良は水色のワンピースを着てソファに腰掛けていた。「美良っ!」 雅史を見た美良はニッコリと微笑んだ。そして、美良の膝に頭を乗せて姫星がスヤスヤと寝ていた。美良は、そんな姫星の頭を優しくなでていた。「美良…… 無事で良かった…… とにかく一旦、外に出よう。 この家が崩れそうなんだ」 美良はニコニコしている。色々と聞きたい事があるが、今は逃げる事が優先だ。「美良…… だよね?」 雅史は一瞬見とれてしまった。見間違うはずが無い、どう見ても『月野美良』だ。ギ、ギギィィィッ…… 日村の家が歪み始めた。天井から埃がパラパラと落ちてくる。天井を睨んだ雅史は焦った。「姫星。 姫星っ! 起きてっ!」 雅史が美良の膝で寝ている姫星の肩を揺すった。「もう…… 朝ゴハンなの?」 姫星は寝ぼけているようだ。美良はそんな姫星をニコニコしながら見ていた。「逃げよう、この家に居ちゃ駄目だ」「ふぁっ?!」 雅史は美良の手を引いて立ち上がらせ、姫星を押し出すようにして部屋を出た。ヴォォォ~~~ン 雅史たちが家の玄関から出てきた時に地鳴りが一際大きくなった。地面も揺れている。そして、それが合図だったかのように、霧湧村を囲んでいる山々が震え始めた。 やがて、ドロドロゴロゴロと重低音が鳴り始めた。山の崩壊が始まったのだ。「山から煙が出てるぞ」「なんだあ?!」「山が動いている!!」 みんなが山を指差している

  • かみさまのリセットアイテム   第32-2話 終焉の合図

    ヴォォォ~~~ン 唐突に大きな怪音が響き、日村の家がミシミシと音を立てて揺れ出した。昨夜からの怪音騒ぎが無ければ地震と間違えてしまう程だ。余りの揺れに、雅史のバッグが椅子から落ちて中身が、居間の床に散らかってしまった。(ああ、しまった…… え?) 雅史は慌ててバックの中身を、鞄に戻そうとしたが、ある物を見つけて固まってしまう。 コンパスだ。 雅史のコンパスが、床の上に鞄の中身と一緒に落ちていた。しかも、コンパスの針が北を示さずにゆっくりと回っている。普通は一度方角を示したら動かないものだ。そうしないとコンパスの意味が無い。(なんなんだ? コンパスの針がクルクル回ってるじゃないか……) また、『磁気異常』という不可思議な現象が発生していると考えた。この事実に霧湧神社で気づいた時には、コンパスの針は十度ほど針のズレだけだったが、今見ているのはフラつきなどと言う現象では無い。 恐らく磁気を帯びた『何か』が地下で動いている。そう考えるのが合理的だ。「…… まずいな……」 雅史は昨日の昼間に見た、空き家が地面に吸い込まれる現象を思い起こしていた。地下に何らかの原因があるに違いない。「昨日の空き家のように、この建物が崩れる可能性があります。 全員を表に避難させてください」 突然の事に驚き、天井に下がった揺れる照明器具を見ていた日村は頷いた。原因の究明の前に、まずは生きている人間の保護が先だ。どこが安全なのかは不明だが、少なくともこの建物よりはマシだと雅史は考えたのだ。「さあ、みんな一旦外に出るんだ」 そう、日村が声を掛けた。雅史が忠告するのは、危険が差し迫っているのだろう判断したのだ。室内に居た村人たちは全員バタバタと外に出始めた。「美良と姫星はどこですか?」 連れ出すのなら今のタイミングしかない、そう考えた雅史は日村に尋ねた。「部屋を出て左、廊下の一番奥です」 日村は居間にある

  • かみさまのリセットアイテム   第32-1話 無数の気泡

     もう少しで夜明けという頃。日村家での話し合いは平行線で夜明け近くになってしまった。 宝来雅史は、このまま日が出るのを待って、月野姫星が見つけた月野美良の車で帰宅しようと考えていた。ここで目を離すと違う家に匿われてしまいそうだからだ。この村の人たちが、そこまでするとは思えなかったが念の為だ。 姫星は姉に会いに行くと言って奥の部屋に行ったままだった。恐らく寝ているのだろう。 その頃、村では違う騒動が起こっていた。上空で謎の光が目撃されているのだ。 雅史も山が光るのを見ていたが、早起きの村人たちが見たのは、雲が光って見えているのだ。夜明けの太陽が照らしているのかと思ったが、光っている雲と太陽は方角が違う。「ウテマガミ様が祭りの不始末を、お怒りなのではないか?」「やはり、もう駄目なのかもしれんな……」「地震の前触れではないのか?」 そこでウテマガミ様が、雲を光らせているのではないかと、話が独り歩きし始めていた。そのざわめきは瞬く間に村全体に広がって行く。 早朝にも関わらず、役場に電話する者もかなり居た。 『神御神輿』が失敗に終わり、ウテマガミ様の祟りを本気で信じているらしい。中には村から脱出しようと荷造りを始めた家もあった。「……雲が光っている?」 役場には当番の役人が居る。村人からの問い合わせの電話がひっきりなしに掛かって来ていると報告して来た。その電話を受けた日村は困惑してしまっているのだ。 日村の電話応答を聞いていた雅史は、居間の窓に寄って空を見上げた。ボンヤリとだが光っているのが分かる。 ある研究では、玄武岩や斑糲岩に含まれている細かい水晶などが、地盤変動で受けるストレスで放電することが判明している。 放電で発生した電荷は互いに結びつき、一種のプラズマ状態になる。蓄えられた電荷は大気中へ向けて放電され、雲に含まれる水の分子と反応して光って見えている。 『破壊発光効果』と呼ばれている現象だ。この現象は、大地震が発生した各地で観測されている。「なんだ? あれ??」

  • かみさまのリセットアイテム   第31-2話 微笑む者

    「おねぇちゃんの所に案内してください。 出来ないと言うのなら自分で行きます」 姫星は自分の隣に居た日村の奥さんに、姉の所まで案内してくれるように頼んだ。 日村の奥さんは困った顔をして日村を見返した。日村は仕方が無いと言う感じで頷く。「こちらへどうぞ……」 色々と不慣れな悪巧みはしているが、所詮は人の良い村人だ。姫星の希望はすんなりと案内されていった。 やはり、美良は日村の家に居たのだ。 月野美良(つきのみら)は日村宅の奥の部屋に居た。そこは客間らしく広さは十畳はあろうかという洋間である。姫星が案内されて室内に入ると、美良は窓から外を見ている所だった。「おねぇっ!」 姫星は美良に向かって抗議するように叫んだ。姫星に気が付いた美良はニッコリと微笑んでいる。「……」 姫星は泣きながら美良の胸に飛び込んでいった。「…… ずっと、ずっと心配してたんだよ……」 いつもそうしてくれるように、美良は姫星の髪を優しく撫でてくれている。 優しい姉は、久々に会った妹の頭を撫でながらニコニコしていた。「…… ? ……おねぇ? ……ちゃん??」 姫星は美良の顔を覗き込んで小首を傾げた。何かが違うのだ。 雅史は日村を追求したい気がしたが、今は堪える事にした。三人で無事に帰宅する事を最優先にしているのだ。犯人や動機の追及は雅史の仕事では無いし興味も無い事だった。ヴォォォ~~~ン 心なしか音の間隔が狭まっているような気がする。先程のような大きな揺れは無いが、小刻みな揺れならばある。 そして、怪音は日村の自宅を中心にぐるぐる回ってる様な気がしてきた。北バイパス道路。 警官たちは事故の現場検証の手伝いをしたり、遺体搬出後の後処理をしていた。事故の現場検証が済んでも彼らがお役御免になる事はまだない。事故の時に壊されたガードレールをかたずけたり、遺留品を片づけたりと忙しいのだ。 しかも、事故を目撃しているので、その調書も作らなければならない。それらが全て終わったら、やっと帰宅できるのだ。「明日の朝一でクレーンを手配して車を引き揚げましょうとの事です」 一緒に来ていた若い警官がベテランの警官に声を掛けて来ていた。「じゃあ、朝までここに居る事に為るのか…… めんどくさいな、ったく」 鎮火したとは言え、事故車にはガソリンが残っている。万が一にでも、事故車が再

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